爽やかホハ・ホーラ!

girasole7.exblog.jp
ブログトップ

45年前の記憶 -フィレンツェ大洪水-

「あれは1966年11月4日。今でもはっきり覚えてるわ!」
「Centro(旧市街・中心部)はね、どこもかしこも水浸しになってそりゃあ大変なことになっていたのよ・・・。」

こう熱く語っていたのは、私がフィレンツェに住み始めたばかりの頃お世話になった、ステイ先のシニョーラ。
その頃で既に30年以上経っていたにもかかわらず10日に一度くらいの割合で聞かされたほどですから、彼女の脳裏にどれ程深く刻み込まれたのか想像するのも容易です。

a0207108_7144579.jpg今から遡ること45年前、トスカーナを中心に激しい集中豪雨が何日も続き、11月4日未明ついにフィレンツェの中心部を流れるアルノ川が氾濫を起こしてしまいました。
被害が発生したのはもちろんフィレンツェだけではありません。ピサを含むアルノ川流域全域、さらに北はMugello (ムジェッロ)から南はArezzo (アレッツォ)、Grosseto (グロッセート)、Maremma (マレンマ自然公園)に至るまで、非常に広範囲に及びました。フィレンツェ管轄区域で出た犠牲者は全部で34人。


その前日の11月3日、この日は雨足がより激しさを増していたにもかかわらず、誰も本気で心配する人はいなかったとか。川の水が溢れんばかりに増えていても「典型的な秋の大雨」と受け流し、「おしゃべりのネタになる」くらいにしか思っていなかったそうです。
まさか川が氾濫するとは夢にも思わないフィレンツェの人々は、翌日の記念日(当時11月4日は第一次世界大戦勝利記念で祝日)を皆と家で過ごすため、むしろのん気にいろいろと準備にとりかかっていたとのこと。
もし11月4日が祝日でなかったら、、、これが何でもない平日でいつも通り皆が仕事で外に出かけ、あるいは畑で作業をしたりしていたら、、その人的被害は計り知れないだろうと言われています。


a0207108_2481916.jpga0207108_22344100.jpga0207108_2243571.jpg

==================================================================================================



川から流れ出た水は建物の2階まで達し、水が引いた後もそこに残された土砂や汚染物質、原油(ナフタ油)でフィレンツェの町は惨憺たるものでした。数多くの貴重な美術品や蔵書にも被害が及び、特に甚大な被害を受けたのが川岸に建つ「フィレンツェ国立中央図書館」とそのすぐ裏にある「サンタ・クローチェ教会」でした。

「フィレンツェ国立中央図書館」・・イタリア最大の規模を誇り、ヨーロッパでも特に重要とされる図書館の一つ。
ルネッサンス時代に活躍した人々の直筆の書物、またそれ以前から残る書籍や住民票など、かけがえのない大変貴重な資料が数多く収められていて、その中でも特に重要とされるものは地下書庫に大切に保管されていました。言うまでもなく、この大洪水の打撃をまともに受けたのがそれら最重要書物だったのです。

「サンタ・クローチェ教会」・・フランシスコ会の世界最大の教会。ガリレオ・ガリレイ、ミケランジェロ、ロッシーニ、マキャヴェッリなど多くの著名人のお墓が埋葬されていることで有名。この洪水でルネッサンス時代の巨匠たちが手掛けた祭壇や彫刻、フレスコ画が著しく損傷。ほとんど全ての美術品が泥や油で覆われ、修復に数十年の歳月を要しました。

a0207108_4443100.jpg突然の悲劇になす術もなく呆然とするフィレンツェの人々。。
そんな彼らを救ったのは、海外からやって来たボランティアの学生達でした。フィレンツェの惨事を知るや否や居ても立ってもいられなくなった彼らは、復興支援のためにわざわざ遠い国からやって来てくれたのです。彼らの尽力のお陰で、フィレンツェの惨劇は最小限に食い止められたと言われます。
「Angeli del Fango 泥(まみれ)の天使たち」
感謝と賞賛の意を込め地元の人たちからこう呼ばれています。
ステイ先のシニョーラもよく口にしていました。。
・・「外国の若者たちがね、ボランティアでたくさん手伝いに来てくれたのよ。あの子達は本当にえらいわ!素晴らしいわ!」

==================================================================================================

~フィレンツェの街角に残された印~

a0207108_8451162.jpg←こちらは洪水の後に取り付けられた碑板。
上の横長の白くて小さい方は1966年で、下の古くて大きい方はさらに600年以上前の、1333年に起きたときのもの。驚くことに、この二つの洪水は偶然にも同じ日に発生してるんです!
上の小さい方・・「1966年11月4日、アルノ川の水はこの高さまで達した。」とそのライン/水位を示しつつそう書かれています。
下の大きい方・・「1333年11月4日木曜夜中から金曜にかけて、アルノ川の水はこの高さまで達した。」

a0207108_8453821.jpg










古い方をよく見ると、水が達した箇所をわざわざ人差し指で指し示しているのが分かります(文末の「FINO A QUI ここまで」と書かれている部分)。波模様は川の水を表したものでしょうか。
昔の人はホント表現力が豊かというか何というか。。

これらの碑板が見れるのはVia dei NeriとVia San Remigioが接している所。
アルノ川から直線距離で100mほど離れた場所です。


a0207108_10423489.jpgChiesa di San Niccolò (サン・ニッコロ教会)
サンタ・クローチェ教会の対岸にある教会。
ここにも洪水後に取り付けられた碑板が二つあります。
a0207108_10432069.jpg
↑↑左の小さい方が1966年のもの、その右隣の古めかしい方が1557年のものです(ラテン語ですがおそらく水がここまで達したという内容)。
この古い方もやっぱり洪水の到達ラインが人差し指で示されています。


a0207108_22325787.jpgPiazza di Santa Croce (サンタ・クローチェ広場)
ここにも1966年(上の小さい方)と1557年(下の横長)のものが→→

a0207108_22254163.jpga0207108_22333847.jpg

これらアルノ川の洪水について印したものは、川沿い、特にサン・ニッコロ、サンタ・クローチェ界隈では、いたるところで見ることができます。

==================================================================================================

このようにまさかの苦境に立たされたフィレンツェの人々でしたが、しかし、持ち前の強さと明るさで時期早々に立ち直り、数週間後にはすでに平常通りの生活を取り戻していたようです。

a0207108_2315966.jpg

もともと「冗談好き/ウィットに富んでいる」ことで知られる彼らですが、この時もそのセンスを存分に発揮し、被害を被ったお店やレストランの入り口では次のように書かれていたそうです。
「oggi specialità in umido 本日のスペシャルは汁に浸かった料理 (in umido=煮込み料理で使う言葉)」
「ribassi incredibili, prezzi sott'acqua! 信じられない値引き、値段は水の下!(まで下がってる)」「Vendiamo stoffe irrestringibili, già bagnate 縮まない布を売ってます、すでに濡れてます(これ以上縮まないので大丈夫)」

また、翌年の1月6日Epifania/Befana(公現祭)の日には、ヴェッキオ橋で炭をいっぱいに詰め込んだ巨大な靴下がアルノ川に向かって吊るされたとか。
Epifania/Befana(公現祭)・・イタリアでは、伝統的な習慣として子供たちがプレゼントをもらうのは、もともとクリスマスではなくこの公現祭の日。Befana(ベファーナ)と呼ばれる老婆(魔女)が、公現祭の前夜に子供たちが用意した靴下にプレゼントを入れてくれるというもので、素行の良かった子はお菓子、悪かった子は炭しかもらえないことになっています。先程のアルノ川の炭入り靴下のアイデアはここからきているもの。

その他にも、フィレンツェ出身の歌手Riccardo Marasco(リッカルド・マラスコ)による 「L'Alluvione 洪水」/YouTube という歌もあります。フィレンツェの方言でそのときの様子を面白おかしく歌ったものです。

大災害に遭っても、こんな風にジョークにしてしまうところはさすがですね。

==================================================================================================

↓↓↓ランキングに参加しています。この情報が気に入った人はポチッ!
  クリックして頂けると励みになりとても嬉しいです!よろしくお願いします!
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村
[PR]
by girasole7 | 2011-11-06 03:09 | イタリア自然災害 | Comments(2)
Commented by caianina at 2011-11-09 04:03
いつもながら、素晴らしい説明ですね~!

私もこの時の話を今でもよく聞きます。特に、今回のチンクエテッレ、ジェノヴァの後では更に。

幸運にもピッティ宮殿は、少しだけですがのぼり坂になっているので、サントスピリト広場の少し先で止まったようです。

なので、いざという時、アパートを選ぶ時は、坂の上がいいようです。
Commented by girasole7 at 2011-11-09 05:42
caianinaさん、いつもコメントありがとうございます!
私が以前ステイしていた所は、アルノ川からずい分離れているので当然大丈夫だったようですが、ピッティの辺りは本来なら被害が出てもおかしくない距離ですよね。確かにあの辺は小し高いですね。

最近イタリア北部の水害が目立ちますよね。水が溢れている映像を見ると、どうしても日本で起きた津波の映像がよみがえり、胸が締め付けられます。。